- MOTS-cのヒトにおける有効用量、安全用量、最大耐用量は、いずれも公表された査読論文では確立されていません。この記事は用量を推奨するものではありません。
- 最も引用される前臨床データはLee氏らの2015年Cell Metabolism論文で、マウスに体重1 kgあたり0.5 mgを1日1回、腹腔内投与した条件です。経口や皮下ではありません。
- ヒトを対象とした唯一の主要な臨床試験はCohBar社のCB4211(MOTS-cの類縁体であり、MOTS-cそのものではありません)で、第1相のトップライン結果が2021年に発表されたのみです。
- オンラインで見かける「週あたり5〜10 mgを分割」といったプロトコルは、臨床的に検証されたものではなく、由来不明の経験則です。根拠としての重みは前臨床データとは比較になりません。
- mgからmcgへの換算は単なる算術(1 mg = 1,000 mcg)であり、適切な量を示すものではありません。バイアルの濃度計算には専用の計算ツールを使ってください。
- MOTS-cは運動によって血中濃度が上がる内因性ペプチドであり、Reynolds氏らの2021年Nature Communications論文が運動生理学との関連を示しています。ただしこれは用量の根拠にはなりません。
- MOTS-cは日本を含む主要国で医薬品として承認されていません。使用を検討する場合は必ず医療従事者に相談してください。
MOTS-cとは何で、なぜ用量の話が難しいのですか?
MOTS-c(Mitochondrial Open Reading Frame of the 12S rRNA type-c)は、核DNAではなくミトコンドリアDNAの12S rRNA領域にコードされる16アミノ酸のペプチドです。2015年に南カリフォルニア大学のChanghan Lee氏とPinchas Cohen氏のグループによって報告され、ミトコンドリア由来ペプチド(MDP)と呼ばれる比較的新しい分子群のひとつに分類されます。分子量は約2,174 g/mol、配列はMRWQEMGYIFYPRKLRです。分子の基本情報や作用機序の全体像についてはMOTS-cの総合ガイドで詳しく扱っています。
MOTS-cの用量について調べ始めた方の多くが、まず戸惑うのはこの点です。検索すると具体的な数値がいくらでも出てくるのに、その数値の出典をたどると、ほとんどが査読付き論文ではなく掲示板の投稿や販売業者のページに行き着きます。これは偶然ではありません。MOTS-cには、用量を決めるために本来必要なステップがまだ踏まれていないからです。
医薬品の用量が「確立される」というのは、単に誰かが数値を挙げることではありません。第1相試験で単回投与と反復投与の安全性、薬物動態(吸収、分布、代謝、排泄)、最大耐用量を調べ、第2相で用量反応関係を検証し、第3相で有効性を確認する。この一連の過程を経て初めて、ある集団に対するある用量が「根拠のある用量」になります。MOTS-cは、この階段の最初の段すら公表された形では完了していません。
したがって、この記事では一貫して「研究で実際に投与された量」と「一般に流通している数値」を区別して記述します。前者は出典を明示し、後者は検証されていないことを明示します。どちらについても、読者に対する推奨用量としては提示しません。これは慎重さのポーズではなく、現時点で科学的に言えることの限界そのものです。
医療上の注意:本記事は教育目的の情報提供であり、医学的助言ではありません。MOTS-cは日本、米国、EUのいずれにおいても医薬品として承認されておらず、研究用試薬として扱われます。使用を検討している場合は、必ず医師または薬剤師に相談してください。
動物実験ではどれくらいの量が投与されましたか?
MOTS-cの用量に関して唯一まとまった根拠があるのは、げっ歯類を用いた前臨床研究です。最も頻繁に引用されるのは、Lee氏らが2015年にCell Metabolism誌で発表した原著論文(PMID 25738459)です。この研究では、高脂肪食を与えたマウスに対して体重1 kgあたり0.5 mgのMOTS-cを1日1回、腹腔内(IP)投与する条件が用いられました。投与期間は実験系によって異なりますが、代謝表現型を評価した系では数週間から8週間程度にわたって継続されています。
この投与条件下で報告された所見は、高脂肪食による体重増加の抑制、インスリン感受性の改善、骨格筋におけるAMPK経路の活性化、そして葉酸・メチオニン回路を介した代謝の変化でした。重要なのは投与経路です。腹腔内投与は実験動物では標準的ですが、ヒトで日常的に使われる経路ではなく、皮下投与や経口投与と同じ血中濃度プロファイルを生みません。
その後の研究でも投与量には幅があります。Reynolds氏らの2021年Nature Communications論文(PMID 33473109)をはじめ、卵巣摘出モデルや運動併用モデルを扱った複数の論文で、報告されている投与量はおおむね体重1 kgあたり0.5 mgから15 mgの範囲に分布しています。同じ分子でありながら30倍の開きがあるという事実自体が、「最適用量」が前臨床レベルでも収束していないことを示しています。
| 研究 | モデル | 報告された投与量 | 投与経路 |
|---|---|---|---|
| Lee et al. 2015(PMID 25738459) | 高脂肪食マウス | 0.5 mg/kg/日 | 腹腔内 |
| Reynolds et al. 2021(PMID 33473109) | 若齢および老齢マウス | 数 mg/kg/日のオーダー | 腹腔内 |
| Lu et al. 2019(PMID 30725119) | 卵巣摘出マウス | 数 mg/kg/日のオーダー | 腹腔内 |
| Yang et al. 2021(PMID 33722744) | 運動併用マウス | 0.5 mg/kg/日相当 | 腹腔内 |
ここで避けて通れないのが、動物用量をヒトに換算できるのかという問題です。規制当局が使う体表面積ベースの換算(HED: human equivalent dose)では、マウスの用量をおよそ12.3で割ります。0.5 mg/kgを機械的に当てはめれば体重1 kgあたり約0.04 mgとなり、70 kgの成人で約2.8 mgという数字が出ます。ただしこの計算は、第1相試験の「最大推奨開始用量」を算出するための規制上の手続きであって、治療用量でも安全用量でもありません。FDAのガイダンスでも、HEDはさらに安全係数(通常10分の1)を掛けたうえで、毒性試験一式と併せて初めて意味を持つとされています。この数字を使用量として解釈するのは、計算式の目的そのものを誤って読むことになります。
ヒトで確立された用量は存在しますか?
結論から書きます。ありません。MOTS-cについて、ヒトにおける有効用量、安全用量、最大耐用量のいずれも、査読付き論文として公表された形では確立されていません。これは「まだ研究中」という意味ではなく、「用量を決めるための試験結果が公開されていない」という意味です。
ヒトを対象とした試験として最もよく引用されるのは、米国CohBar社が開発していたCB4211です。CB4211はMOTS-cそのものではなく、MOTS-cをベースに安定性と薬物動態を改良した類縁体(アナログ)です。この区別は用量を考えるうえで決定的に重要です。アミノ酸配列や修飾が変われば半減期も生物学的利用能も変わり、ある分子で得られた用量をもう一方に横滑りさせることはできません。
CB4211は非アルコール性脂肪肝疾患(NAFLD)と肥満を対象に、第1a相および第1b相試験が実施されました(ClinicalTrials.gov識別番号 NCT03998514)。同社は2021年に第1b相のトップライン結果を発表し、プラセボ群と比較した体重や腹囲の変化に関する所見を報告しています。しかしここで押さえておくべき点が3つあります。
- トップライン結果のみであり、用量群ごとの薬物動態パラメータや用量反応曲線を含む完全な結果は、査読付き論文として公表されていません。
- 被験者数が限られた第1相試験であり、有効性を結論づける設計ではありません。第1相の主目的はあくまで安全性と忍容性の評価です。
- その後このプログラムは第2相以降に進んでおらず、CohBar社自体も事業再編を経ています。開発の中断は必ずしも安全性の問題を意味しませんが、追加のヒトデータが出てこないことは確かです。
さらに、CB4211は皮下投与で試験されました。経口MOTS-cの生物学的利用能を確立したヒト試験は公表されていません。一般論として、16アミノ酸のペプチドは消化管のプロテアーゼによって速やかに分解されるため、特別な製剤技術なしに経口で全身曝露を得るのは困難です。「経口MOTS-c」として販売される製品に、ヒトでの吸収を裏づけるデータが付随している例を私たちは確認できていません。
まとめると、ヒトに関して科学的に言えるのは次の一文です。MOTS-cの類縁体を用いた第1相試験が一度実施され、その概要が企業発表として公開された。それ以上のことは、現時点では分かっていません。
フォーラムで流通している数値をどう扱うべきですか?
MOTS-cについて検索すると、かなりの確率で「週あたり5 mgから10 mgを複数回に分割」という形式の数値に行き当たります。掲示板、SNS、販売業者のFAQ、そして一部の記事が、ほとんど同じ数字を繰り返しています。この数値は臨床的に検証されたものではありません。この記事では明示的に警告として扱います。
なぜ同じ数字が広がっているのか。追跡できる範囲では、これは初期の掲示板投稿がそのまま複製され、やがて「一般的なプロトコル」として定着したものです。出典として引用できる一次データは存在せず、用量設定の根拠も示されていません。10人が同じことを書いているという事実は、その数値が10回検証されたことを意味しません。一度書かれたものが9回コピーされただけという可能性のほうが、はるかに高いのです。
この種の情報には、構造的な問題がいくつもあります。
- 体重による調整が存在しない:前臨床データはすべて体重あたり(mg/kg)で設計されているのに、コミュニティの数値は固定量で語られます。50 kgの人と100 kgの人で同じ量という前提には根拠がありません。
- 純度と実際の含有量が不明:研究用として販売されるペプチドの表示量と実測値が一致するという保証はありません。第三者分析証明書(COA)がなければ、バイアルに何mg入っているかすら仮定にすぎません。
- アウトカムが自己申告:体感や体組成の変化は、食事、睡眠、トレーニング、季節変動など無数の交絡因子を受けます。対照群のない個人の報告からは、用量反応関係を導けません。
- 有害事象が報告されない:うまくいかなかった人や体調を崩した人は、そもそも投稿しない傾向があります。これは生存者バイアスの典型例です。
誤解のないように書きますが、これは「その数値が危険だ」と主張しているのでもありません。危険かどうかを判断する材料自体が存在しない、というのが正確な状況です。安全性が確認されていないことと、危険であることは別の命題ですが、意思決定の場面ではどちらも「未知のリスクを引き受ける」ことを意味します。減量目的でペプチド全般を比較検討している方は、エビデンスの厚みという観点から脂肪減少に関するペプチドの比較記事も併せて確認することをお勧めします。分子ごとにヒトデータの有無が大きく異なることが分かります。
10 mgや40 mgのバイアルはどのように溶解されていますか?
MOTS-cは通常、凍結乾燥(フリーズドライ)された白色粉末として、10 mgまたは40 mgのバイアルで供給されます。粉末そのものは液体ではないため、使用前に溶媒を加えて溶液に戻す作業、すなわち再溶解(reconstitution)が必要になります。ここで理解しておくべきなのは、再溶解という操作が量を決める作業ではなく、濃度を決める作業だという点です。
原理は単純な割り算です。バイアル内のペプチド総量を加えた溶媒の体積で割ると、単位体積あたりの濃度が出ます。同じ10 mgのバイアルでも、加える溶媒の量が2倍になれば濃度は半分になり、同じ量を取り出すには2倍の体積が必要になります。つまり「何目盛り引くか」という問いには、溶媒量を決めない限り答えが存在しません。ここを取り違えると、桁単位の誤りが起こります。
この計算を手作業でやる必要はありません。バイアルの表示量と加える溶媒量を入力すれば、濃度と必要体積を自動で算出できるMOTS-c専用の再溶解計算ツールを用意しています。10 mgと40 mgのどちらのバイアルでも、インスリン用シリンジの目盛り単位に換算した結果まで確認できます。このツールは算術の補助であり、量を推奨するものではありません。入力する値をどう決めるかは、この記事の範囲外の判断です。
再溶解の手順そのもの、つまり静菌水の選択、バイアルの消毒、溶媒を粉末に直接吹き付けずに壁面を伝わせる理由、振らずに静置して溶かす理由などについては、ペプチド再溶解の5ステップガイドで工程ごとに解説しています。MOTS-cに固有の注意点というより、凍結乾燥ペプチド全般に共通する無菌操作の基本です。
なお、40 mgという比較的大きなバイアルは、1バイアルあたりの単価が下がる一方で、開封後の使用期間が長くなるという問題を抱えます。再溶解後の溶液は冷蔵保存でも無限に安定ではなく、複数回穿刺による汚染リスクも回数に比例して増えます。容量の選択は価格だけでなく、実際にどれくらいの期間で使い切るかという観点も含みます。
mgとmcgの換算はどうなりますか?
ペプチドの情報源を横断して読んでいると、同じ量がmg(ミリグラム)で書かれていたりmcg(マイクログラム、µgとも表記)で書かれていたりします。この2つの単位の関係は完全に算術的で、解釈の余地はありません。1 mg = 1,000 mcgです。mgからmcgにするには1,000を掛け、mcgからmgにするには1,000で割ります。
以下の表は単位換算のみを示したものです。ここに並ぶ数値は、適切な量でも推奨される量でもありません。読み替えの際の参照表としてのみ使ってください。
| mg表記 | mcg(µg)表記 | 計算 |
|---|---|---|
| 0.1 mg | 100 mcg | 0.1 × 1,000 |
| 0.25 mg | 250 mcg | 0.25 × 1,000 |
| 0.5 mg | 500 mcg | 0.5 × 1,000 |
| 1 mg | 1,000 mcg | 1 × 1,000 |
| 2.5 mg | 2,500 mcg | 2.5 × 1,000 |
| 5 mg | 5,000 mcg | 5 × 1,000 |
| 10 mg | 10,000 mcg | 10 × 1,000 |
| 40 mg | 40,000 mcg | 40 × 1,000 |
この換算が実務上重要なのは、1,000倍の誤りが起こりうるからです。500 mcgと500 mgを取り違えれば1,000倍の差になります。ペプチド領域では、この種の桁間違いが最も頻度の高い事故要因のひとつです。単位が明示されていない数値を見かけたら、それは情報として不完全だと考えてください。
もうひとつ混同されやすいのが、mg/kg(体重あたりの量)とmg(絶対量)の違いです。前臨床論文で使われるのはほぼ常に前者であり、コミュニティで流通するのは後者です。0.5 mg/kgという表記は「0.5 mg」ではなく、20 gのマウスでは0.01 mg、70 kgのヒトなら35 mgに相当する相対的な指定です。この2つを混同すると、論文の数値を完全に誤読することになります。単位系の読み方全般についてはペプチド用量表記の読み方で体系的に整理しています。
報告されている投与頻度とタイミングは?
頻度についても、前臨床とコミュニティでは前提がまったく異なります。動物実験では1日1回の連日投与が標準的でした。Lee氏らの2015年の研究でも、MOTS-cは毎日腹腔内に投与されています。これは半減期が短いペプチドで持続的な曝露を得るための、実験設計上の選択です。
一方、オンラインで見かけるプロトコルは週単位で語られ、週の総量を2回から5回程度に分割するという記述が典型的です。この形式がどこから来たのかを示す一次資料はなく、他のペプチドの慣行が横滑りしたものと考えるのが自然です。繰り返しになりますが、この頻度設定は臨床的に検証されていません。連日投与の動物データから週2回への変換を正当化する薬物動態データは公表されていません。
タイミングについては、運動との関連から「トレーニング前」という説明をよく見ます。この発想自体には生物学的な下地があります。MOTS-cは運動によって血中濃度と骨格筋内濃度が上昇する内因性ペプチドであり、AMPKを介した代謝経路に作用するとされているためです。ただし、外因性に投与するタイミングによって効果が変わることを示したヒト試験は存在しません。生理学的にもっともらしい仮説と、検証された知見は別物です。
サイクルの長さについても同様です。「10日間」「4週間オン2週間オフ」といった期間設定が語られますが、これらの区切りに対応する薬力学的根拠、たとえば受容体のダウンレギュレーションや耐性形成を示すデータは、MOTS-cについて報告されていません。区切りの数字は慣習であって、生物学ではありません。
整理すると、頻度とタイミングに関して根拠のある記述は次の1点に尽きます。前臨床研究では1日1回の連日腹腔内投与が用いられた。それ以外の頻度設計は、いずれも検証を経ていない推測です。
MOTS-cは本当に「運動模倣ペプチド」なのですか?
MOTS-cが「エクササイズ・ミメティック(運動模倣薬)」と呼ばれる背景には、Reynolds氏らが2021年にNature Communications誌に発表した研究(PMID 33473109)があります。この論文は、MOTS-cが運動によって誘導される内因性の調節因子であり、加齢に伴う身体機能低下と骨格筋の恒常性に関与することを示しました。MOTS-cが用量の文脈を離れて注目を集めるようになった直接の契機が、この研究です。
報告された内容は主に3点です。第一に、ヒトにおいて運動後に骨格筋内および血中のMOTS-c濃度が上昇すること。第二に、マウスにMOTS-cを投与すると、身体パフォーマンスの指標が加齢個体で改善したこと。第三に、これらの効果がAMPK経路を含む代謝シグナルの活性化を伴っていたことです。Kim氏らの2018年のCell Metabolism論文(PMID 29983246)は、MOTS-cが代謝ストレス下で核内に移行し、核ゲノムの遺伝子発現を調節しうることを示しており、ミトコンドリア由来ペプチドがレトログレードシグナル伝達を担うという枠組みを補強しています。
ここで正確を期す必要があります。「運動模倣」という言葉は、運動の代わりになるという意味ではありません。運動によって生じる分子シグナルの一部を共有している、という限定的な意味での記述です。運動の全効果を再現するという主張は、いかなる研究からも導かれていません。心血管系の適応、骨密度、神経可塑性、精神的健康など、運動の効果の大半はMOTS-cの研究対象ですらありません。
そしてこの分野の知見は、用量の問題を解決しません。むしろ逆です。内因性の生理的濃度と、実験で外から投与される薬理学的濃度は、桁が違う可能性があります。運動後に血中濃度が何割か上がることと、外部から相当量を投与することは、生体にとって同じ事象ではありません。生理学的な妥当性は、薬理学的な用量設定の代わりにはならないのです。
糖尿病患者や肥満者でMOTS-cの血中濃度が低下しているという報告(Ramanjaneya氏ら、2019年、PMID 31214116)も同様に扱う必要があります。相関は因果を意味せず、また補充によって是正できることの証明でもありません。低い濃度が原因なのか結果なのかは、この種の横断研究では判別できません。
再溶解でよくある間違いは何ですか?
量そのものとは別に、取り扱いの工程で生じる失敗があります。これらは用量の議論とは独立しており、どのような量を扱う場合にも共通する技術的な問題です。
1. 溶媒の種類を取り違える。凍結乾燥ペプチドの再溶解には一般に静菌水(ベンジルアルコール含有)または注射用水が用いられます。両者は保存可能期間がまったく異なり、保存料を含まない溶媒で溶いたものを数週間冷蔵し続けるのは、微生物学的に安全な前提を欠きます。水道水や飲料水はいうまでもなく論外です。
2. 粉末に溶媒を直接噴射する。ペプチドは物理的なせん断力に弱く、勢いよく液を当てると構造が損なわれる可能性があります。溶媒はバイアルの内壁を伝わせてゆっくり流し込み、そのまま静置して自然に溶けるのを待つのが原則です。同じ理由で、溶解を早めようとして激しく振るのも避けられます。
3. 溶媒量を記録しない。これが実務上もっとも多い失敗です。加えた溶媒の量を控えていなければ、濃度が分からなくなり、後からの計算が不可能になります。バイアルに直接記入するか、記録を残してください。計算そのものは再溶解計算ツールで確認できますが、入力すべき溶媒量を覚えていなければツールも役に立ちません。
4. 保存条件を軽視する。凍結乾燥状態のMOTS-cは低温かつ遮光下で比較的安定ですが、再溶解後は別物です。溶液は冷蔵が基本で、凍結融解の繰り返しはペプチドの分解を招きます。室温放置、直射日光、繰り返しの温度変動はいずれも避けるべき条件です。
5. 無菌操作の省略。ゴム栓のアルコール消毒、シリンジと針の単回使用、清潔な作業面の確保といった基本を飛ばすと、注射操作に伴う感染リスクが現実のものになります。これは分子の性質とは無関係の、純粋に手技上の問題です。工程ごとの詳細は再溶解の5ステップにまとめています。
安全性で未解明な点と、いつ医師に相談すべきか
MOTS-cの安全性プロファイルについて、公表された情報から言えることは限られています。げっ歯類の研究では、報告された投与条件下で重篤な毒性は記載されていませんが、これらの研究は毒性評価を主目的とした設計ではありません。標準的な非臨床安全性試験パッケージ、すなわち反復投与毒性試験、遺伝毒性試験、生殖発生毒性試験、がん原性試験の結果は、MOTS-cについて公開されていません。
ヒトにおける長期使用のデータは存在しません。CB4211の第1相試験は限られた期間の忍容性を評価したにすぎず、しかもMOTS-cそのものではなく類縁体についてのものです。免疫原性、すなわち投与を繰り返すことで抗体が産生され効果が減弱したりアレルギー反応が生じたりする可能性についても、評価されたデータはありません。
理論上の懸念として指摘しておくべき点もあります。MOTS-cはインスリン感受性と糖代謝に関与するとされており、血糖降下薬やインスリンを使用している方では相互作用の可能性が理論的に想定されます。また葉酸・メチオニン回路への関与が報告されているため、この経路に影響する薬剤との相互作用も原理的には考えられます。いずれも実際に検証されたものではなく、だからこそ予測不能です。
次のいずれかに当てはまる場合、自己判断での使用は特に避け、事前に医療従事者へ相談してください。糖尿病または糖尿病予備群で薬物治療を受けている、妊娠中または授乳中、悪性腫瘍の既往または現病がある、免疫抑制剤を含む処方薬を服用している、腎機能または肝機能に障害がある、18歳未満である。また使用中に注射部位の持続する発赤や腫脹、低血糖を思わせる症状、発疹、呼吸困難などが生じた場合は、直ちに中止して医療機関を受診してください。
競技者の方への注意点として、世界アンチ・ドーピング機構(WADA)の禁止表には、いかなる規制当局からも医薬品として承認されていない物質を包括的に禁止する条項(S0)が含まれます。MOTS-cはこの区分に該当しうるため、競技に参加している場合は使用を避けるのが安全です。
免責事項:本記事は教育および情報提供のみを目的としています。MOTS-cは研究用途の物質であり、FDA、EMA、日本の規制当局のいずれからもヒトへの使用を承認されていません。法的な位置づけは国や地域によって異なります。本記事は診断、治療、予防のための助言ではなく、いかなる用量も推奨していません。健康に関する判断は、必ず資格を持つ医療従事者と相談のうえで行ってください。
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よくある質問
MOTS-cの標準的な用量はありますか?
マウスの0.5 mg/kgという用量をヒトに換算できますか?
フォーラムで見る「週5〜10 mg」という数値は信頼できますか?
10 mgのバイアルは何回分になりますか?
経口のMOTS-cは効果がありますか?
運動前に使うのが良いというのは本当ですか?
再溶解した後、どのくらい保存できますか?
MOTS-cはドーピング検査で問題になりますか?
参考文献
- Lee C, Zeng J, Drew BG, et al. (2015). The mitochondrial-derived peptide MOTS-c promotes metabolic homeostasis and reduces obesity and insulin resistance. Cell Metabolism.
- Reynolds JC, Lai RW, Woodhead JST, et al. (2021). MOTS-c is an exercise-induced mitochondrial-encoded regulator of age-dependent physical decline and muscle homeostasis. Nature Communications.
- Kim KH, Son JM, Benayoun BA, Lee C. (2018). The mitochondrial-encoded peptide MOTS-c translocates to the nucleus to regulate nuclear gene expression in response to metabolic stress. Cell Metabolism.
- Lee C, Kim KH, Cohen P. (2016). MOTS-c: A novel mitochondrial-derived peptide regulating muscle and fat metabolism. Free Radical Biology and Medicine.
- Lu H, Wei M, Zhai Y, et al. (2019). MOTS-c peptide regulates adipose homeostasis to prevent ovariectomy-induced metabolic dysfunction. Journal of Molecular Medicine.
- Yang B, Yu Q, Chang B, et al. (2021). MOTS-c interacts synergistically with exercise intervention to regulate PGC-1α expression, attenuate insulin resistance and enhance glucose metabolism in mice via AMPK signaling pathway. Biochimica et Biophysica Acta - Molecular Basis of Disease.
- Ramanjaneya M, Bettahi I, Jerobin J, et al. (2019). Mitochondrial-derived peptides are down regulated in diabetes subjects. Frontiers in Endocrinology.
- Merry TL, Chan A, Woodhead JST, et al. (2020). Mitochondrial-derived peptides in energy metabolism. American Journal of Physiology - Endocrinology and Metabolism.
- CohBar, Inc. (2021). A Study of CB4211 in Subjects With NASH and Obesity (Phase 1a/1b). ClinicalTrials.gov, NCT03998514.